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雑文雑ネタ集
白牡丹の土方さん☆みぃはぁ★すくらんぶる
その19 会津若松日帰りの旅
2003年12月30日 みつねさんと「飲みっぱなし」白牡丹だべ(^^ゞ
「土方さん☆みぃはぁ★すくらんぶる」の「その1」に書いた宇都宮日帰り旅行から、ちょうど満1年。盟友の野間みつねさんから、今度は「日帰りで会津に行きませんか」とのお誘いを受けた。
日帰り……そりゃ、まぁ、飛行機か新幹線で郡山経由なら行けなくもないだろう。しかし、みつねさんは飛行機を使わない主義だしなぁ。それに、宇都宮に行くのにも在来線ルートを企画するみつねさんのこと、新幹線往復なんてはずがない。
そう、今回は「土方さんが会津入りしたルートに限りなく近い」というコンセプトで、東武伊勢崎線・東武日光線・野岩鉄道・会津鉄道の4社相互乗り入れ区間を会津田島まで一本で行き、会津田島から会津市内に入る。
ちなみに、始発の浅草から乗り込む白牡丹のルートを書き出してみる。
| 7:10 | 浅草駅 東武伊勢崎線快速 東武日光・会津田島行きに乗り込む |
| 7:49 | 東武動物公園駅を通過、伊勢崎線から日光線に入る |
| 9:02 | 下今市駅で最前部2両が東武日光行きに、残る4両は鬼怒川線を行く |
| 9:41 | 新藤原駅で後部2両が切り離され、残る2両が野岩鉄道線を行く |
| 10:23 | 会津高原駅を通過、ここから会津鉄道線 |
| 10:46 | 会津田島駅に到着 |
| 10:53 | AIZUマウントエクスプレス(会津鉄道とJRの相互乗り入れ快速)会津若松行きに乗り換え |
| 11:42 | 西若松駅を通過、ここからJR線 |
| 11:45 | 七日町《なぬかまち》下車 |
実際に乗り換えるのは会津田島駅でのみだが、6社の路線にわたって走るのである……所要時間は5時間弱、白牡丹の場合は浅草まで1時間弱だから6時間近い往路になる(みつねさんの場合は、さらに長い……)。特急券を買わなくても行ける、というところがミソかな。
帰りもこのルートで帰ろうと思えば帰れるそうだが、一日12時間も車中で移動するのはいかにも辛い。みつねさんに泣きついて、復路は会津若松〜郡山〜東京の東北新幹線利用ルートを採用してもらった(安堵)。
路線検索から訪問地の選定、天気予報の確認までみつねさんにお任せで本当に助かる。白牡丹はせいぜい「7時10分の浅草発に乗るには、いつ家を出ればいいか」を悩む程度である。
しかも、雨女の白牡丹を上回るスーパー晴れ女のみつねさんが同行するとあって、天候の心配が軽減される(爆)。実際、出発一週間前の長期予報では「雪」だった当日の天気、日を追うに従って「雨」になり、「曇り」になり、ついには「晴れ」となっていくのだ……ぎょぎょぎょ、凄いパワー(◎-◎)。出発前日は午前6時以降の降水確率もほとんどなくなり、後は現地にどれだけ雪が残っているか、朝晩の冷え込みで道が凍ってないか、を心配するのみとなった……何しろ、飯盛山や天寧寺は山道・石段込み、足もと要注意なのである。
浅草〜下今市
……というわけで、当日朝。白牡丹は5時40分起き、55分には家を出てコンビニに立ち寄り、おにぎり2個とペットボトル茶をぶら下げ、6時最寄り駅発の電車に乗り込む。乗り継いで6時45分には都営地下鉄の浅草駅に到着していたが……ひぃ〜、最後尾に近いところに乗り込んだら、東武線浅草駅まで約500メートル離れていた……間に合わないということはないが気が急いて小走りに歩く、わっせわっせ。年末ダイヤで乗り継げなくなることを警戒して調べたよりも2本早い電車に乗り込んでいたからよかったものの、余裕ぶっこいて早い電車でなかったら、どうなったことか。
東武線浅草駅で切符を買おうとして、さて困った……どこまで買えばいいのだ(汗)。みつねさんに路線検索を任せっきりにしていた白牡丹、ちょっと思案して、とりあえず乗り換え駅の会津田島駅まで買っておけば大丈夫だろうと会津田島駅までの切符を買う。
ホームに出て、5番線ホームへ。みつねさんと待ち合わせるのは「会津田島行きの先頭車両」なので、最前部2両「東武日光行き」の次、3両目の「会津田島行き」の乗車口(ちなみに最後部2両は「新藤原」で切り離される、「新藤原」止まり)で待つ。程なく入線、ボックス席の一角を確保。
反対側のボックス席に乗り込んだおっちゃんが「今日はよかったね。昨日は混んでいたよ」と白牡丹に話しかける……北関東から東北の訛りがある、気のいいおっちゃんだ。「里帰りの客で混んでいたんですね。毎日乗ってらっしゃるんですか」「いや、週に一度ぐらいだべ」……おっちゃん側に4人家族連れが乗り込んできて会話はそれっきりとなってしまったが、見知らぬ同士でも声を掛け合う旧き良き時代の旅路を行く気分になる。
出発前に少し余裕があったので、おにぎり2つを茶で流し込む。さらにメールチェックして、前日夜にみつねさんがくれていたメールを、ようやく読む(汗)。そうですか、七日町駅まで切符を買うんですね^_^;……まぁ、乗り越し料金を払えば問題ないですが。
ゆるゆると電車が動き出した途端に、最前部の座席から大きなイビキが聞こえてきた……いや、朝早いから眠いのはよくわかりますが、動き出すのを待ちかねたように盛大ですわ^_^;。
次の北千住駅で、みつねさんが合流、おはようございます。
東武伊勢崎線といえば、母の実家が草加市内にあるので、成人するまでは毎年2回か3回はよく行った。足立区から小さな川ひとつ隔てれば草加市なのだが、白牡丹の記憶に残る草加市は、田圃や野菜畑に囲まれ(弟が遊びに出て肥溜めに落ちたことがあるだけに^_^;)、母の実家の傍には草加煎餅の工場があるという牧歌的な風景の中にある。久しぶりに通る伊勢崎線は高架となり、マンションやスーパーマーケットが立ち並ぶ住宅街になってしまっていた……うわー、春日部辺りまで、びっしり住宅街。しかも駅前の開けぶりは、あるコミックソングに「芋虫電車」と唄われた某私鉄沿線にある白牡丹の実家の駅前より遙かに現代的だ。そういうことに驚くとは、白牡丹、すっかり歳を取ったもんである(苦笑)。
電車は、慶応4年4月初旬(旧暦)に板垣退助率いる東征軍が進駐していた粕壁こと春日部を通過。新選組ファンには、近藤さんが流山で投降し板橋で処刑されるに至る、哀惜きわまるくだりに出てくる地名ではあるが、白牡丹、駅名表示板をデジカメに収めようとトライ……ち、失敗。
電車は、とことこと、壬生《みぶ》を経由して、下今市に向かう。新選組が駐屯した京都の壬生と同じ漢字・同じ読みだが、こちら下野《しもつけ》の壬生は宇都宮を一日で攻略した土方さんらの旧幕軍に対抗するために西軍(白牡丹の場合、会津降伏までは「西軍」と書き、箱館戦争終結までは「新政府軍」と書くのが、一応の習慣である)が駐屯したのが壬生城である。
下今市駅で、最前部2両切り離し(東武日光行き)のため、やや長い停車。件《くだん》のイビキを発していた男性客が慌てたように電車を飛び降りた。代わりに、小学生の男の子ふたりがリュックを持って私たちの正面に座った。大きな鞄と紙袋を下げたお母さんは、網棚に荷物を置くと下車……子供達だけでおじいちゃんおばあちゃんの家に行かせるつもりらしい。会津田島で乗り換えて会津若松とか……私たちとほぼ同じだな。乗り換えで荷物に往生するようだったら手伝ってあげようか、と、みつねさんと小声で打ち合わせ。
ところで、「浅草〜下今市」と下今市で章を切ったのには、理由がある。慶応4年4月23日(旧暦)、宇都宮城の奪還を目指した西軍との戦闘中に負傷した土方さんは下今市に後送され、翌日、会津に向けて出発した。出発前に、日光勤番であった親戚の土方勇太郎を呼び出し、宇都宮城攻略の時に斬り捨てた味方従者を弔う墓を建てて欲しいと涙ながらに語ったというエピソードは、近代的な戦闘指揮官として才能を開花させると共に、やがて「赤子の母を慕うがごとし」と書かれるほど尊敬され慕われる将に成長していくことを述べる時に欠かせない。というわけで、下今市の駅名表示板を、土方さんの会津路出発地として記念に撮影(爆)。
下今市〜会津田島
下今市で、3両目だった白牡丹たちの車両に運転手が乗り込み、4両が鬼怒川線を北上する。白牡丹は東京に住んでいた時に鬼怒川温泉に1回、その先の湯西川温泉にも1回、泊まったことがある。しかし……記憶が確かであれば、鬼怒川温泉から先、白牡丹が湯西川温泉に泊まった頃(軽く見積もって15年ぐらい前だな^_^;)の鬼怒川線こんなにトンネルばかりではなかったような気がする。湯西川温泉駅もトンネルの中の駅になっちゃってるし……。
ちなみに手前の新藤原で乗車直後に白牡丹に声をかけた、気の良さげなおっちゃんが下車。一週間に一回とは、どのようなご用件なんでしょう……。
湯西川温泉を過ぎた頃から、車窓の風景が一転して雪景色に変わった。風花のような雪が舞い始めたところも……何しろ、この辺は平家の落ち武者が住み着いたという秘境だからなぁ。トンネルをいくつも通り過ぎて着いた会津高原駅では、ホームに雪が積もり、開いたドアから雪が舞い込む場面も。会津盆地の方はどんな天気かちらと気にかかるが、ううん、スーパー晴れ女のみつねさんが同行しているから、きっと大丈夫だろう……。
会津田島といえば、田島陣屋。慶応4年4月26日(旧暦)に負傷した土方さん一行が通過(29日に会津入り)した記録がある。そう言えば、下今市辺りでみつねさんと、負傷しての山越えはどうやったものか、という会話を交わしていた。「担架みたいなものがあったんでしょうかね」と白牡丹。みつねさん、「一般的には戸板ですね」。「(スタイリッシュで見えっ張りの)土方さん、戸板に乗せられて移動するのは嫌がったでしょうね。えーと、場所によっては島田魁さんに背負ってもらったとか……」「拙作では早蕨君がいましたからね。さて、どの辺で早蕨君が座り込んだでしょう」えーと……物忘れの激しい白牡丹である(汗)。こんな状態だから「まなざし☆まにあっくいず」でも高得点は期待できない^_^;。
また、田島陣屋といえば、会津藩きっての知将・山川大蔵がここを根城に日光口を守備し、土方さんたちが負傷して会津に移動した後も藤原周辺でゲリラ活動を続けていた大鳥圭介さんたちの旧幕軍と連動して戦った場所。知将好みの白牡丹、会津藩では山川大蔵さんが一番好きかも……会津藩についてはまだまだ勉強不足なのだが。
会津田島駅に近づくと向かいの小学生お兄ちゃんが荷物を引き寄せた。車中では兄弟揃ってゲームに熱中していたが、さすがお兄ちゃん、しっかりしている。どうやら、自力で乗り換えできそうだね、と、みつねさんと小声で囁き会う。
会津田島駅で電車を降り、向かい側ホームにて待っているAIZUマウントエクスプレスに乗り換え。きれいな車内だし暖かい。雪(というよりアイスバーンだな)の残るホームにて、みつねさんに写真をぱちりぱちりと撮してもらい、寒いので早々に車内に逃げる(笑)。
会津田島〜七日町駅
雪景色の会津田島から、遠くに雪を頂く山々に向かって列車(ディーゼル車っぽい音で走るので、白牡丹には「列車」である)は北上する。不思議なもので、会津の地でも雪の残っている地域と雪のかけらもない地域とがある……会津盆地に近づくに従って、雪は減っている傾向にあるようだ。
途中で通った湯野上《ゆのかみ》温泉駅は駅舎が茅葺き屋根で、風情があった。車中から見える温泉郷も隠れ湯の風情。いいなぁ、土方さんが泊まったって伝承があったらいいのに……と、ドリームモードの白牡丹。みつねさん「会津若松からちょっと離れすぎているので、『まなざし』では芦ノ牧温泉にしました。若松から一日で行けるというところがミソです」……そうですねぇ、確かに駅を出て次の駅までの距離が長いわ(苦笑)。
次が件《くだん》の芦ノ牧温泉駅。江戸時代には武家の隠れ湯だったそうな。みつねさんの話では温泉郷は駅から少し離れているとかで、残念ながら湯野上温泉駅ほどに駅周辺の風情はない。
間もなく、会津市内に入る。南若松、西若松に至る頃には、雪は本当にかけらもなくなっている。うむむむむ……白牡丹が想像していたよりも、会津盆地は広い。進行方向右手にちらりと城郭が……「えーと、あれが、鶴ヶ城?」と言わずもがなの質問をする白牡丹。だって、建物の間にちらっと覗いて、意外に小さく見えるんだもの……それに、もっと狭いと思っていたのだが、会津盆地、想像よりもだだっ広いわ……。想像していた空間の広さ高さが全然違っていることに戸惑う白牡丹。

会津若松町駅の手前、七日町《なぬかまち》でみつねさんと列車を降りた。予備知識ゼロの白牡丹は、みつねさんにガイドされて旧い時代の雰囲気を残す七日町へ……。
阿弥陀寺〜七日町界隈
……おっと、七日町を散策する前に、ほとんど駅前といっていい寺へ。みつねさんが初めて会津を訪れた時に訪問し忘れた阿弥陀寺がそこにある。みつねさんにとっては、前回行きそびれた阿弥陀寺に埋葬されている藤田五郎こと新選組三番組組長(一般には「三番隊組長」と書かれるだろうけど、白牡丹は「三番組組長」と書く)斎藤一のお墓への訪問が目的のひとつだっけな。
えーと、斎藤さんのお墓はどこかな……と案内板らしきものを見ると、あ、お寺の案内板じゃなくて、何と斎藤さんのお墓の説明板だった(爆)。斎藤さん、阿弥陀寺のお墓群の中に埋もれているんじゃなくて、お墓群の前に堂々といらっさるんですねぇ……。
みつねさんと交替で手を合わせ、白牡丹は阿弥陀寺の説明板も読む。そうか、会津の戦争の後、「西軍(と、しっかり書かれていた。さすが会津である)」から会津側の死骸は放置するように命じられていた後、埋葬を許可されて何千という遺体がここに葬られていたんですね……合掌。
阿弥陀寺を出て、七日町を道なりに散策。うんうん、旧い家並みがいい感じ……しかし、白牡丹、電車の長旅で揺られたせいか「お腹が空いた〜」光線をみつねさんに発射していた^_^;。みつねさん、ちょうどガイドブックで当たりをつけていた豆腐中心の和食店「玉梨とうふ茶屋」の前で立ち止まる。旧い店構えが素敵。うんうん、ここに入ろうよっ(笑)、と、白牡丹、先に立って戸を開ける(爆)。
見かけの割に少食な白牡丹にしては今日はちゃんと食べたい気分。でも、あっさりしたものが食べたい……というわけで、豆腐中心の「茶屋定食」に決める。しかし、メニューをぱらぱら見ていると、ずらっと並んだ日本酒の銘柄に、「やはり酒どころの酒を飲まずにおらりょうかっ」という気持ちが芽生えてしまう(笑)……寒いから熱燗といきたいところだけど、うまい酒を飲む時は冷酒だよね。
昼食時ということもあるけれど、座敷を回るのは店の奥さんらしき女性ひとりだけ。なかなか注文を取りにこない……白牡丹、この隙にトイレに立つ(爆)。戻ってきても暫し待ち、ようやく注文を取りに来てくれた。白牡丹は予定通り茶屋定食にしたが、頼もうとしていた冷酒「会州一」「会津藩」がなく、ごそっと冷蔵庫から出してくれた冷酒の中から目に入った白い瓶の「栄川《えいせん》」を注文……おいおい、昼間っから二合飲むのか、白牡丹(汗)。
つまみなしで出てきた(汗)栄川をデジカメで撮し、ちびちび飲んでいると、ようやく茶屋定食が届く。青大豆「青ばと」を原料とした豆腐は、生揚げも冷や奴も味が濃くてずっしり……あ、でも、おからが一番おいしいかも(汗)。パサパサしてなくて、しっとり、出汁を吸ってじんわり……。おっと、酒を飲んでいたはずが、ついご飯を食べてしまった。飲み直し、飲み直し^_^;。うう、決して強くないくせ(強調)に、酒好き……。
みつねさんの注文は、まだ来ない。催促して、ようやく、注文した「うどんすき」がガスコンロとともに到着。葱が苦手なみつねさん、長葱をのけてもらってやっと鍋と向き合う。鶏肉が普通の鶏肉と違って味が濃いとか……ブロイラーでなくて地鶏かしらん。ちっ、茶屋定食には入ってないんだよね〜。
昼食を終えて再び七日町を歩く。すぐに、みつねさんが、ゆりこさんから白牡丹宛にぜひ立ち寄って欲しいと伝言を残してくれていた、鶴乃江酒造に案内してくれた。ゆりこさんが白牡丹に送ってくれた高濃度酒「会津中将」は強烈に効いたけどうまかったなぁ……試飲のグラスをガラスのショーケースにいくつも並べている店先で、ゆりこさんが伝言してくれたお勧め「初しぼり」を一口いただく……うーん、麹の香りが効いてておいしい。というわけで、二本注文(爆)。これから山に登りに行くので持って歩くわけにもいかず、関西の根城に直送してもらう。代金は、送料込みで「サービス(だそうです)」あり、税込み4,200円。
「えーと、次は飯盛山?」
「何を言ってるんです、白牡丹さん。七日町に来て、清水屋を忘れるとは」
あ、そうだったわ(滝汗)。七日町の清水屋旅館といえば、会津入りした土方さんが投宿した宿ではないか。そして、旧幕臣の望月光蔵さんに、土方さんが枕を投げつけた旅館……(爆)。

清水屋の跡を示す案内板は、ある金融機関の入り口付近にあった。ここで、みつねさん、おおっとのけぞる。清水屋跡の石碑は、以前に来た時には「なかったような気がする」のだそうだ。し、しかし、金融機関の駐車場の出入り口にあるせいか、案内板をバックに記念撮影するにも自動車の出入りを気にしなければならず……わたわたしながら、デジカメで撮影してもらう。
七日町を、レトロなバスが通り過ぎる。「ハイカラさん」だ。追っかけるように早足で歩いたが、停留所はずっと先のようで、追いつけない……「一の町の停留所まで歩かないといけないかも知れませんね」と、呟くみつねさん。郵便局の脇に目ざとく停留所を見つけた白牡丹だけど、「ハイカラさん」の本数はあまり多くない……タクシーで行きましょうか。しかし、公共の交通機関を使うのがふたりの旅の基本路線。結局、郵便局を回って、市内バスの停留所で飯盛山方面に行くバスを待つことにした。待つことしばし……えーと、すごーく寒いわ、ぶるぶるぶる。白牡丹、あまりの寒さにコートのフードをかぶり、首もとのボタンを止める……し、しかしっ、通りを過ぎる一迅の風にフードを持っていかれてしまう(汗)……どうにか首元に襟巻きのように残った部分で暖をしのぐ……ふひー、ああ、ようやくバスが来た〜。
飯盛山周辺
市内バスで、ほどなく滝沢で降りる。あれ、次は飯盛山でなかったっけとボケかます白牡丹……うーん、昼間から酒を飲んだのがいけなかったかも知れない^_^;。あ、そーか、滝沢本陣なんですね(^^ゞ。
滝沢本陣、茅葺きの屋根、黄色っぽい塗り壁で、何となく想像していた「滝沢本陣」とは違う感じ。大藩である会津の「本陣」にしては田舎家って感じ……そんなに大きくないし。日野の佐藤家の方が式台や玄関もあって、格式高い感じだなぁ……。
しかも、観覧料を払うのに、呼び鈴を押したりして……^_^;。母屋から出てきた係員らしき人に観覧料を払うと、テープに録音された案内が流れ始めた。
靴を脱いで本陣に上がる……げ、床が冷たいわ……案内を聞きながら、ここが容保様の出陣された滝沢本陣なんだと感慨にふけりつつ庭や調度の類を眺める。
みつねさんの案内で、藩主など高貴な方々が使ったとされる風呂場とトイレを拝見。質素ですねぇ……^_^;。

滝沢本陣のほとんど隣りといっていいところに白虎隊伝承史学館。失礼ながら、第一印象は「骨董屋さんの雰囲気……」。手書きの説明書きといい、よくいえばアットホーム、個人でやっているという感じ。
先に立ったみつねさんが手を合わせた一角……白牡丹、ほとんど霊感はないが、みつねさんがかつて訪れた時に冷気が引かなかったというのがこの史学館だということを朧げに思い出す。
そして、みつねさんが立っていた辺りの展示物を見た時に、ああ、冷気の主はこれか、と何となくわかった。白虎隊隊士の遺品と伝えられる小刀……よく見れば何となく、刃に血がついているようにも見える……どき。ほとんど霊感はない白牡丹でも、この刃には、百数十年を経た今でも持ち主の無念を感じるような気がする……。
みつねさんは、既に反対側の角に設けられたコーナーで、伊東甲子太郎のものと伝えられる韮山笠に見入っていた。展示物を一通り見てそこまで辿り着いた白牡丹、「あ、これが庵木瓜の紋ですね」という平凡なことしか言えない……。
ここから、飯盛山、白虎隊記念館に入る。うう、土方さんの鎖かたびらが見られた〜(T^T)。土方さん、背丈の割に頭ちっちゃいですね……そこがますます素敵(お馬鹿^_^;)。二階に上がるとアニメで白虎隊の話をしていたが、白牡丹には、ちょっと辛くて最後まで見られない……。
おお、ギョロ目の斎藤一の写真がある〜。以前から書籍に載っている写真を見て思っていたこと、それは「斎藤さ〜ん……その不自然な髪型はヘルメットですよねっ(汗)」。そう、やはり、何かかぶり物をしてらっさるらしい。西南戦争の時の集合写真もあるが、こちらの写真とギョロ目斎藤一の写真が同一人物のものであるのか……こうして並んで見ると、やはり別人のような気がしてくる。相変わらず謎に満ちた斎藤さんだなぁ。
上り坂が苦手な白牡丹に付き合って、みつねさんも有料のベルトコンベアに乗って飯盛山に上る。そこからは足。幸い、雪も氷もない。し、しかし、きつい。みつねさん、天寧寺の石段はもっときついんですか〜。はひー、これ以上ですか(汗)。では、練習と思って……はぁはぁ。
白虎隊士の墓と、白虎隊生き残りの飯沼貞吉の墓と、白虎隊自刃の地を、続けて拝見……白虎隊自刃の地からは、ちょうど夕陽が市内に落ちるところが見える。
あ、あれがお城ですか。「この角度からですから、市内が燃えていたらお城が燃えていると見えてもおかしくないですよね」と、みつねさん。「そうですよね。まして、白虎隊は飲まず食わずで雨に降られてここまでやっと辿り着いたわけだし」……集団パニックの起こりやすい条件だったと思う。
とは言え、飯盛山の山腹から見る夕焼けの会津市内は、美しかった……平穏で、優しい日差しが傾きつつある……ううう、天寧寺まで無事に行き着けるかしらん。
天寧寺
飯盛山の停留所から市内バスに乗って、天寧寺へ。うわぉ、道の向こうには東山温泉。
さて、ここからが天寧寺の石段。雪や氷はなさそう……みつねさんが、もっときつい石段のある側を避けてくれたとはいえ、ひぃひぃ……石段を登って、寺の本堂を通り過ぎ、今度はつづら折りになっている山道を、雨なのか雪解け水なのか枯れ葉の上が滑りやすくなっているところを慎重に上る……が、普段はアスファルトの舗道しか歩いてないから、白牡丹の靴にもジーンズの裾にも泥がつく^_^;。
時間にすれば10分か15分というところだろうが、ようやく天寧寺の近藤勇さんの墓の前に着く……うわー、やっぱり、お墓の中でも一等地という気がする。「木が今ほど高くなってなければ、お城と市内が一望できるでしょうね」と、みつねさん。うん、容保公がどれだけ近藤さんを高く評価していたか、このお墓の場所でわかるような気がする。「貫天院殿純忠誠義大居士」の戒名が刻まれた墓碑の隣り、一歩控えた場所に「歳進院殿誠山義豊大居士」の戒名が刻まれた土方さんの慰霊碑があるところが、らしくて素敵(笑)。
陽はさらに傾いて、暗くなってきた。慎重に慎重に山道を降りてきた時に、みつねさんが薄暮の空に浮かぶ白い半月を指さした……空気が澄んでいるから綺麗だなぁ。
バス停近くで、またも「ハイカラさん」バスが無情にも私たちの前を通り過ぎるのに遭遇。今回は相性が悪い(苦笑)……しかし、市内バスが間もなく来る予定なのがラッキー。バスが来るまでの間、白牡丹は遠くに見える東山温泉(土方さんが療養したといわれている……いつからいつまでだったのかは不明だが)に思いを馳せる。うん、今回は日帰りなので寄れないけれど、いつか、きっと、土方さんが湯治したかも知れないお湯に浸かってやるっ(笑)。
やがて来たバスに揺られて、会津若松駅前に到着。
会津若松〜帰宅
郡山経由で新幹線の自由席に乗る切符を買い、暫し時間待ち。1時間近く待ち時間があるし、すっかり身体も冷えた。電車の中で弁当を食べるという手もあるけど、ここは駅蕎麦ですよっ……と、白牡丹、すっかり乗り気^_^;。
駅舎内の蕎麦屋で、白牡丹は温とろろ蕎麦を注文……あ、あと、やっぱし、酒(爆)。ガラス瓶入りの花春二合を注文……はぁ、今回はすっかり飲んべな白牡丹(「いつもじゃねーか」というツッコミを予測しつつ^_^;)。温そばと一緒に二合干すのは流石に無理なので、半合ほど飲んで、残った瓶をリュックに突っ込む(笑)。
郡山行きの快速が来た時は、会津若松の駅は真っ暗になっていた。短い滞在だったけど、新選組関係の史跡を効率よく回れたのはみつねさんのおかげ……感謝。
白牡丹、郡山から乗り込んだMaxやまびこ号の中で、ちびちびと花春を飲む……おぉ、空けてしまったわ(爆)。
終点の東京駅で、みつねさんとお別れ。明日の大晦日から元日の夜にかけて、恒例(笑)になっている年忘れの会をネット交換日記上で行うことを約束して……。
おぉ、白牡丹、おかげさまでNHK大河ドラマ『新選組!』放映前に、土方さん関係史跡のうち、東京・日野、京都、流山、宇都宮、会津若松、仙台、函館と主なところは制覇しているではないか(嬉)。
(了)