玉兎
雑文雑ネタ集
白牡丹の土方さん☆みぃはぁ★すくらんぶる 

その45 思い立ったら吉日 大鳥圭介のふるさと上郡へ
2005年10月2日 しとりで播州上郡〜姫路城〜亀山本徳寺を廻ったべ


 先日、高台寺月真院を訪問する直前で甘味処で秋月あやさんが「白牡丹さん、上郡に来て下さいよ」と言われた一言が小骨のように引っかかっていた。しかし、上郡の大鳥圭介ゆかりの地は車がないと行けないところにあるということは朧気に知っていたので、車も免許証も持っていない白牡丹には訪問は難しい地だということで、その場は「車がないと行けないんですよね」とお茶を濁した訳だが。

 昨日、用事があってJR神戸線で西明石まで行った時のこと。何気なしに駅で路線図を見ていたら、JR神戸線の端っこに二股に分岐している路線があって、一方の端が「上郡」だった。うーん、JRにはたまにしか乗らないのでよくわからないが、上郡終点という電車は見たことがない。でも、姫路までは行ったことがあるし、姫路からはそんなに遠くもなさそうだ。行ってみようかな。

 友人のみつねさんに「アリエスの乙女」とよくからかわれるのだが、牡羊座は執着心が薄いものの一度衝動的に決めたら即行動に移す傾向にあるらしい(苦笑)。帰宅してNHKの「土曜スタジオパーク」で山本耕史さんが洋装の土方歳三として会津に見参したというレポを録画で見た後は、グーグルにて上郡関係の情報を収集開始(笑)。

 
とは言え、牡羊座の情報収集は粗い(爆)。大鳥圭介ゆかりの史跡として、上郡町役場の正面に建っている銅像と生家のある場所を調べて、町役場はともかく生家の辺りをググってってみたら等高線の幅が粗くて、「山奥かよ」とビビる。周辺の山を歩いたハイカーがたまたま大鳥圭介の生家を通りかかって「大鳥圭介って誰?」って書いている記事を見て、「そこまで山奥かよっ」と凹む。何しろ、車も持ってないし、免許もないからレンタカーも使えない。上郡町役場までは行けても、もと細念村、今は上郡町岩木丙石戸という生家までは遠いよ……とても行けそうにないorz。

 しかし、大鳥圭介ファンの方が上郡駅から2台しかないタクシーをのうち1台を使って大鳥圭介生家まで訪問した旅行記を読んで、タクシーがあるなら一丁行ってくるかという気になる。駅前に2台しかないというのは不安材料だが、牡羊座は楽天家。

 あとは乗換案内などで上郡までの所要時間を調べ、乗り換え乗り換えすれば都合1時間半で上郡まで行けることを確認。また、上郡から相生までは1時間に3本の便があるので、行ったまま帰ってこられなくなることはないだろうという当たりさえつけば、時刻表をそう詳細にメモしておく必要はないというアバウトな情報収集なのだが(汗)。

 土方歳三一筋だったはずが、どこで道を誤ったのか(汗)。いや、まぁ、その前にも伊東先生にけっこうよろめいてましたが(汗)。しかし、大鳥圭介が同じ牡羊座と知ったのが運の尽き、ブログのリンク先やトラックバックで知った大鳥圭介のエピソードがあまりにも牡羊座っぽいので他人とも思えないことが多々あり、遂にケースケのふるさと上郡まで行く気満々な白牡丹……(アホ^_^;)。

☆★☆★

 休日の割にはほとんど平日と同じくらいいの時間に目が覚めて、朝食を摂って仕度。ウェブで、最寄り駅からJR尼崎駅までのバス便を調べた。何しろ、上郡から相生までは1時間に3本の電車が走るが、最寄り駅のターミナルからJR神戸線の尼崎駅までは1時間に2本しかバス便がない(汗)。

尼崎〜上郡 ちょっとバス停で待って、バスに乗り込んで、JR尼崎駅で降りる。いつもならicocaカードを使って改札に入ってしまうのだが、もしかしてicocaが使えないところかも知れないと予感。年に4〜5回出張する工場の最寄り駅はicocaが使えない経験があって、一時間に一本しか走っていない単線のその駅ほどではないかも知れないと思いつつも、念のため、券売機でチケット購入。

 うわ〜っ、買ってよかった。「2日間有効」って書いてあって、「下車前途無効」って入ってないよ(汗)。そういう行き先には多分icocaは使えないだろう。

 尼崎駅で一番早く目的に近いところまで行きそうな新快速の姫路行きで姫路まで行き、そこから播州赤穂行きに乗り換えて、相生駅で山陽本線の三原行きに乗り換える。車体はJR神戸線の新快速と変わりはないが、これで岡山はもとより、倉敷、福山まで行けるんだなぁと路線図に見入る。そうか、JR神戸線が播州赤穂の方に延びてしまって上郡には直通が行かないけど、相生から先はもともと山陽本線の幹線を走るんだよな……。上郡はJR西日本の路線図上では岡山の文化圏に近いところにあるのだな、と、改めて大鳥圭介が閑谷学校に学んだ土地柄を感覚的に学習。

播州赤穂の看板 車窓から、新選組のダンダラのご先祖、赤穂浪士のダンダラを見た。

JR上郡駅より南を臨む JR上郡駅にて降りる。思っていたより下車した人の数は多かったが、地元の人かリュックサックを背負ったハイカー。駅のホームから写真を撮ったりしているうちに最後の降り客になってしまったけど、気になるのは数少ないタクシーが他の方々に取られてしまってはいないかということ(汗)。目の前で2台しかないタクシーのうち1台が出発(汗)。が、残り1台に飛びつく客がいなかったので(安堵)、駅前の観光案内所に入り、大鳥圭介関係の資料がないか尋ねる。

 ……ちなみに、やはりicocaは使えませんでした^_^;。

「大鳥圭介? その辺にあったかな」
 ……ってな感じだった(汗)。オオトリケイスケについては知っているけど、地元としては余り力を入れている様子ではないって空気が、ありあり(苦笑)。大鳥圭介の銅像が建っている町役場までは徒歩7,8分で行けるが、生誕の地まではとても徒歩では行けないということを確認する程度だった^_^;。特に資料がないということでもらった上郡町の観光パンフレットの観光略図には「大鳥圭介生誕の地」という記述はあったが、大鳥圭介が誰かという解説はなかった……地元でもそんな扱いなのか、大鳥圭介orz。

 気を取り直してタクシーに乗り込み、上郡町役場とパンフの地図にある生誕の地に行きたいと告げる。問い返されなかったので、そういう観光客が客が前にもいたんだろうなと世間話を始める。大鳥圭介の史跡を訪ねる客は珍しくはないらしいが、この地の歴史上の偉人は、南北朝時代、足利尊氏が室町幕府を築く時に新田義貞の軍を破って貢献した赤松円心だそうだ。確かに町の観光パンフレットを見ても「円心茶」「円心まんじゅう」「円心せんべい」「円心ようかん」と円心だらけで、「圭介」なんとかという土産物はひとつもない(苦笑)。

上郡町役場前の大鳥圭介像 そうこうしている間に、上郡町役場に到着。大鳥圭介像が、何のもったいもなく、いきなり視界に入る(汗)。何となく、ちょっと昔の千円札の伊藤博文像に似ていると言ったら、失礼になるだろうか。

 しかも「南京カボチャ」と言われた手足の短さが、通常は美化される銅像でも何となく感じられるなんて言ったら、ますます失礼ではなかろうか……あわわ(汗)。

 ……望遠で大鳥先生の顔をアップで撮影しておけばよかったと思ったのは、タクシーに戻ってしばらく経ってからだった(汗)。

 タクシーは、道自体は舗装されているものの昔ながらの谷間の細い道を北進。運転手さんによると、上郡の駅は五本の指を広げた手のひらにあるようなところで、周囲の集落は五本の指に当たる細い谷間の道沿いにあるそうだ。

 ちなみに、白牡丹が前日に調べて「山奥かよ」とビビった地図。
マピオン地図 その1
マピオン地図 その2(拡大)

 高さにしたら数百メートルしかないが、山が左右に迫っている。その合間をくぐって、千種川が流れている。その千種川の左右に狭い水田がある。
「この辺りでは、何が採れるんですか」
「特産品といったものは、ないです。減反政策で米がつくれなくなってからは、豆とか作ってますがね」
 ……という趣旨のことを播州弁で説明してれくれる運転手さん(意味はわかるが、一言一句は再現できない……ごめんなさい^_^;)。

大鳥圭介生誕の地の標柱 タクシーで走らせること15分強、一車線しか車を走ることのできない谷川沿いの細い道で「大鳥圭介生誕の地」という碑が左手に見えた。しかし、車はそこに停めても向きを変えられないということで、少し走ったところで停まった。降りて、数百メートル川下の生家に向かう。

大鳥圭介生家の全景 うわ〜っ、『大鳥圭介伝』の口絵写真で見た大鳥圭介生家の写真と、寸分違わない家がそこにある〜っ。

 屋根は茅葺きから一部トタン葺きになっていたり、通りに面している面が一部ガラス貼りになっていたり、細部は違うけど、『大鳥圭介伝』の写真にある生家の面影は十分に残っている。

 標柱から階段を上って生家に近づくと、荒れ果てた感じがする。入り口に、呼び鈴に引いたらしい電線の跡とか、どこかの護国神社の会員の証とか、宅配される牛乳瓶用のボックスがあった跡とか、少なくとも何十年か前までは人が生きていた気配がある。

 しかし、人が住んでいない家は荒れるとの話の通り、とても住めるような状態ではない。

 うーん、生家をもとにして大鳥圭介資料館をつくろうとかという動きはないもんかなぁ……(汗)。

大鳥圭介生家のアップ もう少し近寄った感じの写真を一枚。ゆがんでいる感じがするのは、目の錯覚ではなくて、見たまんまです。

 パチリパチリと写真を撮った後で上郡駅前に戻って、タクシー料金は4,310円。まぁ、どう見ても徒歩で1時間以上はかかるところ(しかも、往きはゆるい登坂)を考えれば、効率的に廻れたと思う。

 余談ながら、タクシーで戻った駅前に黒一色のタクシーが一台と白一色のタクシー一台が停まっていた。白牡丹が利用したタクシーと合わせて、町には3台あるようだ。

 しばらくホームで待って、相生駅までのローカル線に乗って、相生駅で姫路止まりの電車で、姫路駅に出る。ここからなら、JR以外にも、山陽電鉄から阪神直通の電車で途中乗り換えれば地元に行ける。

 ちょうど昼時になったので、姫路駅からみゆき通りをぶらぶらして、「北前そば高田屋 姫路みゆき通り店」の看板に出くわす。シックな和風の店で、店内にはジャズとかブルースが流れている。心斎橋の店舗に行ったこともあって(でも、すぐに閉店してしまった^_^;)ここならまぁまぁな蕎麦が食べられるべられるだろうと店に入る。10分ほど待ったけど、すぐに和室の一角に通してもらった。

北前そば 高田屋 梅とじそば
 注文したのは「梅とじそば」。今日は湿気があって暑いぐらいの天気だが、温かい蕎麦が食べたかったのであと、冷酒を一合だけ(汗)。

 ……しかし、冷酒を口にしたことを、すぐさま後悔することになる(汗)。せっかく姫路で途中下車した兵庫県民のくせに未だに世界文化遺産になった姫路城を見ていないというのはまずいだろうと姫路城に立ち寄ったまではいいが、天守閣まで石段を上り、さらに地上6階の天守閣まで上り、バテバテ^_^;。

白鷺城 バテバテで姫路城を上ったが、やはり美しいなぁと感激したのは事実。

姫路城の天守閣から そして、天守閣まで上がるごとに、城内の窓から天然の涼風が吹いてくるのが、とても心地よかった。ちょっぴり潮の香りがして、蒸し暑かったけれど。

 姫路城から駅前に戻る途中で見たものについても、ちょっと言及しなければならない。

 行きは、みゆき通りというアーケード街を通ってぶらぶら歩き。帰りは姫路城からまっすぐ駅前に出られるオフィス街。でも、その左右にはちょっとレトロなアーケード街があったりする。そのうちの、西二階町というアーケードを、すくに入ったところ。

西二階町 白牡丹 「白牡丹」といえば広島の清酒のブランドが有名ですが、ここの「白牡丹」は化粧品店でした。

 山陽電鉄の姫路駅から阪神方面に帰るのなら、亀山本徳寺は姫路駅から普通でふたつめ。立ち寄らないわけにはいかないと、2003年10月以来、二度目の訪問。

 勝手知ったるものだが、たまたま寺務所が開いていたので「すみません、本堂を見学させて欲しいのですが」と一応声を掛けた。ちょっと耳の遠い方だが、親切に亀山本徳寺の来歴について書かれたパンフレットを取って渡してくれた。

本徳寺本堂 亀本徳寺は、2003年10月以来。あの時はまだ大河ドラマ『新選組!』の放映前で、ドラマの舞台になるとは思ったけど、山本さんたちスタッフがロケに来るとは思いも寄らなかったなぁ……。

亀山本徳寺境内の掲示 本堂には、こんな掲示もありました。小さくてよく見えないと思いますが、見だしが面白かった。
「6月9日、播州の本願寺をNHK新選組が占拠! 本願寺は必死の抗議を続けたが聞き入れられず、ようやく10日の夜半に全員退去した」……この記事を書いた方は、なかなかユーモアのセンスがあると思います(^^)。

 記事中には「俳優の山本耕史さんや藤原竜也さん等が好演、何ともかわい新撰組でした」って……(苦笑)。


本徳寺の刀傷 では、本徳寺の本堂の柱のひとつに残る、新選組がつけたと言われる刀傷の跡をご紹介。

 ……こうして見ると、新選組って本当に荒っぽくて無茶ばかりしていたなぁと、申し訳なく思ってしまうわけですが。

 山陽電鉄の亀山駅に戻ったら、途端にざーざーと雨。雨女の白牡丹にしては、訪問日程が終わったところでの雨なら上出来と思います。

 山陽電鉄の亀山から大塩で阪神の特急に乗り換え、さらに神戸市の新開地で阪急の特急に乗り換え、西宮北口で乗り換え……と、帰りは往きよりも30分強かかったが、最寄り駅まで帰れるのはありがたった。


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